山田詠美


●晩年の子供(講談社文庫)

子供の時、あることに感じ入ったり強く思ったり、そんなことなどを思い出して、懐かしいような胸の一部がキュンとなるような、そんな不思議な感覚。
忘れてしまいそうになっていた幼い頃の自分が心の中によみがえってくる・・・
私はこの本を読みながら、そんな感覚を楽しんでいたようです。

八つのお話が収められていますが、私は「桔梗」と「花火」がいちばん好き。
一見ほのぼのとしたおはなしは、まるで童話を読んでいるかのようなそんな気持ちにさえなってしまうのだけど、じつはその裏側には大きな真実のようなものが隠されている、そんな大切なことがじんわりと感じられたのです。

ちょっと変わった子やいけない子たち… だけどお家に帰るとそんな彼らを無条件に愛する家族のたしかな存在。この図式は山田詠美さん小説の中によく表れます。そして、このような図式のお話が書ける彼女の、きっととても幸せだった生い立ちを思うと、いつも、ちょっぴりうらやましくなってしまう私でした。


蝶々の纏足・風葬の教室(新潮文庫)

山田詠美の書かれたものを読むたびに、なぜか登場人物と自分を重ね合わせてしまうのです。
「そうそう、ここのぶぶんは私といっしょ」なんて思いながら読んでしまう。
それは登場人物たちの行っている行為よりも、心のちょっとした動きにそうなるみたいなのです。
この本もやはりそうで、読みながらかつて少女だった自分…まわりから浮いてしまわないように子供のふりをしてちょっとだけ息を潜め、でもとてもませていた自分のことを思い出していました。

少女たちの心の中に潜んでいるすでに女のぶぶん、複雑な心の襞が、時には残酷な行為に走らせます。悲しいことにその対象になってしまった時…どんどんエスカレートするいじめと追いつめられていくひとりの少女の姿がこの本には描かれています。だけど救いは少女が帰った時、あたたかい家庭と家族が迎えてくれること。外の世界が厳しければ厳しいほど、そこにある温かな家庭が際だちます。

山田詠美の本を読むたびにいつも思うのですが、男性の身体にある器官ひとつひとつの描写がとても上手いということ。男性を見る時、いつもまず全体像、全体の雰囲気を見てしまう私なのですが、部分にまず目を向け、そこから官能へのいとぐちを見つける、そんな彼女の視点がとても興味深かった・・・


ベッドタイムアイズ/指の戯れ 他・・(新潮文庫)

愛している」という言葉を何百回くり返しても、頭でっかちな理論をもって愛を語ってみても、五感…官能の感覚にもとづいた表現にはかなわない、この本を読んで私が強く感じたこと。
目、指、匂い…身体全部の器官すべてで相手を感じ、自分の身体を相手に溶けこませていく、その様子は鋭敏で刺激的だけど、どこかやるせない感じでこちらに迫ってきます。身体すべてを総動員して相手を愛したからこそ、その対象を失いそうになった時、その辛さは心の痛みと身体の痛み、両方をともなってしまうのかしら。

身体の感覚とピッタリの相性、ひとつになって求める”快楽”という方向…そんな純粋な愛で結ばれた男と女。そこに生活が介入した時の戸惑いを描いているのがこの本に収められている『ジェシーの背骨』のお話。愛する人の子供の出現に戸惑い苦しむ主人公の女性ですが、無理に子供の母親の代わりにになろうとするのをやめ、「子供の父親の愛する女性」という、ひとりの人間してその子に向き合う決心をする、そんなくだりが印象に残っています。
”愛”にいつのまにか付属してしまう雑多なもの…それに折り合いをつけていく様がよかった。

性描写が多いのに不思議といやらしくないのは、詠美さんの文体が小気味よいほど簡潔で、サラッとしているからなのでしょうね。


●4U(幻冬舎文庫)

恋愛のマニュアル本など読んでもちっとも面白くないはずだけど、山田詠美のラブストーリーは、読んでいてほんと面白い。
「いい人だから、相手が立派だからその人を好きになる、というわけではぜったいにない」
友人の言葉に大きくうなずいた私です。相手の持つアンバランスさ、ギャップのぶぶんに惹かれたり、シャツの袖からのぞくタトゥを見てセクシーな気持ちになったり…いろんなことがけっして思うようには運ばないから恋愛って楽しいのだと思う。山田詠美の本を読むたびに、あらためてその思いを強くします。
この本には9つのラブストーリーがおさめられていますが、とくに好きなのが、「4U」、「血止め草式」、「紅差し指」…著者は女性のはずなのに、女性の描き方にどこか男性の視線を見つけた時、その意外性にドキドキしたり、「すごい」なんて感心してしまうのです。

あらゆる人間に対して尻軽でい続ける・・という詠美さん。恋多き女性とは、人をひとつに当てはめようとはけっしてしないで、もしかしたら心の中に人をはかる”物差し”をたくさん持っているのかしら。だとしたら素敵。


●ひざまずいて足をお舐め(新潮文庫)

著者の半自伝小説ということで興味深く読み始めたのですが、働いていたというSMクラブの描写が過激なだけで退屈に思えた私は、最初のうち、何度本を閉じかけたことか…。
物語の中盤を過ぎたあたりからお話がどんどん面白くなってきます。 いつも明るくあっけらかんとして悩みなどないように見えた主人公のちかが、じつは幼い時から感情の起伏の激しさだとか、感受性の強さに悩まされたこと。そしてそんな自分をどう他者と折り合いをつけていったのか、自分にとって文章を書くということはどういうことなのか…心の深いぶぶんがどんどんさらけ出されていきます。
著者の「これだけは言っておきたい」と伝えたかったもの、今まで大切にしてきたことがちかの言葉を借りてワーッとなだれこんでいくみたいに吐き出される、後半の文章は圧巻。

文中に何度となく出てくる「卑しい」という言葉。それは職業だとか外見のことではけっしてなくて、その人の心の様子、心のあり方なのだ…この本を読んで私がいちばん感じたこと。
傷ついている人を慰められるのは励ましの言葉などよりも、相手と寝ることなのかもしれない…モラル意外のところに優しさの真実が眠っている、そのややこしさ。