内田春菊



水物語(光文社コミックス)

内田春菊さんの小説は何冊か読んだことがありますが、じつは漫画を手にとったの始めて。この「水物語」はネットのお友だちから薦められて読んだのですが、女性、男性・・ 読む人によって受けとめ方がずいぶん変わってくるような、そんな本に思えました。
念願の家も手に入れ、可愛い子供がいる一見幸せに見える中年男性、村上の家庭・・。慣れない子育てにストレスがたまって日毎に不機嫌になっていく妻と、そんな妻を助けるわけでもなく毎日のように飲み屋に通い、そこの若いホステスと浮気をする村上。すっかり心がすさんでしまった妻のいる暗い家庭からも、人間関係にまつわる会社でのトラブルからも逃げるように、その若いホステスとの情事に溺れていきます。これは何も特別なことではなく、一歩間違えるとどこの家庭でも起こりえることなのかも・・ そんな苦い思いがよぎってしまった私です。妻という立場でこの本を読んでしまった時、よけいに胸がざわめいてしまうのかもしれません。
主人公の男性、村上が、表面の優しさとは裏腹に誠意がまったくなく、女性をまるで玩具のように扱っていくさまが大胆な性描写をともなって描かれています。女性の心の部分を切り離して身体だけを求めようとする男と、そんな村上からどんどん離れていく愛人であるホステスのアヤ。身体だけではなくて心も愛して欲しい、話を聞いて欲しい・・ そんなアヤの心の叫びが聞こえてきそうでした。

男と女・・ いろんなしがらみやら出来事に遭遇して、ある時はしたたかにある時はうろたえながらも、それでも生きていくさまが描かれたこの漫画・・主人公たちに自分を重ね合わせた時、いくつものハッとさせられる場面があり、そういう意味でも大人の方にぜひ読んでいただきたい、そんな本だと思いました。読み始めると止まらなくなる、そんな面白い本でもあります。


ファザーファッカー(文春文庫)

数年前に始めて読んだ時は、そのショッキングな内容のほうばかりに目がいってしまったのですが、もう一度読み返した時、著者である春菊さんのみずみずしい文章をじっくりと味わうことができ、文章のすみずみにわたる細やかな描写から彼女の強い感性が感じられて、とてもよかったのです。この本は春菊さんの自伝と言われていますが、読みながらそうであってほしくない・・何度も思ってしまったのです。
私は「シーラという子」に代表される虐待がテーマになった本を何冊か読んでいますが、この本もまさに親子の虐待をあつかったお話。自分の娘を性の対象にしてしまった養父はもちろん、私が腹立たしかったのは実母の存在・・。そのいやらしさは読んでいると悲しい気持ちにさえなってきます。家族どうしのやりとりやちょっとした会話などから、そこの家庭に巣くう問題点が伝わってきて、それがこの本を、「父親に犯されたかわいそうな女の子」という、ただショッキングな内容だけでは終わらせない、そんな奥が深いお話とさせているようです。

私がちょっと不思議に思ったのは、このお話が自伝だとしたら、どうして著者である春菊さんが大人になった今、あんなに心が自由で自然体でいられるのだろうか・・?ということ。あんな経験をしたのだから、普通だったらもっと心が萎縮してしまってのびのびとは生きていけないような気がしたのです。そういった意味でも彼女の書かれた本をこれからももっと読んでみたい、そう思いました。読んでいるうちに心が痛くなる、そんなお話ですが、現実にこのような環境で育つ子供がいること・・そのことを思うとただ避けるのではなくて、このお話を自分なりにしっかりと受けとめていきたいと思いました。


彼が泣いた夜、、(角川書店)

うーーん・・・
内田春菊の本を読んでいる時に感じるやりきれなさ、読後感の悪さをこの本でも感じてしまいました。
男女を問わずだれにでも欠点があります。
「しょうがないなあ」
苦笑しながらもそれをどこか受け入れてしまう人と、ぴしゃっと拒絶する人…この本の春菊さんはまさに後者の人みたい。
主人公八寿美は仕事を続けながらふたりの男性の身勝手さに振り回されて、かつては恋人だった彼たちを嫌い、離れていきます。彼らの束縛からもがき苦しむ八寿美の姿が痛々しい。最後にはその男性たちに対して容赦ない仕打ち。
「なにもそこまで・・
そう思ってしまった私は、やはりあまいのかな。たしかに彼等の行動の中には卑劣きわまりないものもありましたが・・。 嫉妬深くて傲慢で自分のことがいちばん好きな男たちは、少年の心という都合のいい言葉をかぶった幼稚きわまりない性格。読みながらかつてつきあいのあった男性のことをいつしか重ね合わせていた私。過去の男性たちの欠点がどんどん私の胸の中でクローズアップされていく心苦しさ。

同じ著者の書いた『今月の困ったちゃん』というエッセイを数ヶ月前に読んだのですが、春菊さんの事務所にやって来るいろんな困ったちゃんのことが書かれたこの本、読むと職業人としての厳しい春菊さんの様子がうかがえます。 一見ぽわーんとどこかぬけたような魅力のある著者とその作風なのに、読み進んでいくうちにいつしか突き詰めた感を感じる… それはしっかり自分の足で立っている方だけがもち得る、厳しさなのかも。