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辻 仁成




オープンハウス(集英社文庫)

辻 仁成の書かれたものはこの本が始めてなのですが、彼の文章が私の心にスーッとはいってきて、それがあまりにもスムーズだったのでちょっと驚いてしまったのです。私が女性の作者が書かれた本をたくさん読んでいる理由に、女性が書かれたものの方が登場人物の心の動き、だとか、物の見方やとらえ方に共感できるぶぶんが多く、お話が心に伝わりやすい・・というのがあるのですが、彼の書かれたこの本を読むと、性が違っていてもこんなにストレートにお話が伝わったこと・・そのことがとても嬉しい私です。書き手と読み手の相性がバッチリあった、こんな瞬間が嬉しい。
この本は三つのお話から構成されていますが、表題にもなっている『オープンハウス』がいちばん好き。社会から落ちこぼれてしまった男、いつもいらだっている女、鳴き声防止訓練首輪をつけられ鳴くことを忘れた犬・・ 三つの生き物は反発しあいながらも寄り添って生きていきます。切りたいのに切れない関係は、人が持つ孤独や寂しさを表しているようで、読みながらせつなくなってしまった私・・。
この本に収められている三つのお話すべてに、この人が持つ孤独感や哀しさが感じられました。著者のあたたかな視線・・というより、どこか世の中に絶望したような著者の繊細すぎる心を感じてしまった私です。そしてそれは、自分が無意識の領域に隠している弱い心だとかピリピリした感受性を意識下に引っぱり出してしまう・・ そんな読み方のできる本でもあったのです。


ニュートンの林檎(集英社)

2冊目の辻 仁成さんの小説は、上下2巻合わせて約600頁という大作。読み始めたころは青春小説のようなノリで読み始めていた私ですが、この小説がハードな冒険小説(バイオレンス)であることに気づきます。最初に読んだ本『オープンハウス』では、著者が男性であることを忘れてしまうほど、スッとやさしく文章が心にはいってきたのですが、この『ニュートンの林檎』では一転して、彼が男性の書き手であること、そのことをとても意識してしまいました。
冒険的な人生・・まったく憧れがないといったら嘘になりますが、身体の危険を伴う冒険より、胸を焦がすような熱い思いの心の冒険・・ こちらのほうに魅力を感じてしまうのは私が女性だからでしょうか。

『オープンハウス』の本を読んでいる時に感じられた、繊細で叙情的な表現は姿をひそめ、血なまぐさい派手な殺傷シーン、つのる憎しみからの復習、暴力的なセックス・・・ 私の苦手な場面がたくさん続きます。それでも本を読み終わった後、この本が冒険小説であるとともにひとりの女性を愛し続けたまぎれもない恋愛小説であること、そのことに気づくのです。
自分が真の主役の人生を生きるということがどういうことなのか・・・ 人生の大きな意味のようなものを私たちに問いかけてくれる、そういうお話でもあったのです。


海峡の光(新潮社)

芥川賞を受賞したというこの小説、読み終えたあとで私の心にやるせないほどの重いものを残しました。少年刑務所で看守として働く主人公”斉藤”の前に、子供時代に彼をいじめの標的にして苦しめ続けたかつての同級生”花井”が現れます。看守と受刑者・・当然看守である斉藤のほうが強い立場にいるはずなのに、このような状況におかれても彼は花井を畏れ、動揺して振り回される毎日をおくります。いじめる者、いじめられる者・・・ この図式は大人になっても、環境が変わり立場が逆転しようとも、一生つきまとうものなのでしょうか。
かつてのいじめっ子花井の実直さの裏側に潜む嘘・・それを見抜けなかった同級生たち。ずっといじめの標的にされながらもなにもできなかった主人公。このいじめの図式はため息が出てしまうほど重く私の心にのしかかります。
小説の舞台になった海に浮かぶ船舶の中、閉ざされた空間での生活がよけいに彼らの関係を、いつ爆発してもおかしくないほどの緊張感に満ちたものにしているのかも・・
得体の知れない恐れやぬぐい去ることのできない不安に日々翻弄される主人公の様子が、辻仁成独特の語り口で書かれてあり、いじめられる立場の心情の描き方があまりにも上手いので、著者自身がかつていじめられた経験があるのでは?なんて思ってしまった私です。

この作品、三島由紀夫の作風とどこか似ているような気がしたのは私だけかしら・・。


母なる凪と父なる時化(新潮文庫)

鴨が鳴く、風が吹く、海の先がきらりと光る・・・ この小説の中の一文です。短い言葉ですが、イメージが言葉のリズムにのって私の頭の中でふくらんできます。本を読んでいる最中に言葉が動きだして頭で像を結び、それを楽しんでいる自分がいました。
主人公のセキジとレイジ・・二人の少年のことが軸となっている小説です。かつていじめられた経験をもち、登校拒否を起こしたことがあるセキジ。彼の心の中でずっと鬱積していたいろんなものが、レイジと出会うことでどんどん解き放たれていく、そんなシーンが印象的。だけど、自分が受けた暴力からの痛手が他に暴力をふるうことで解消され、新しい自分になっていく、そんなセキジの姿に抵抗があったこともたしか。いじめられる、という経験は、それほど人の心を深く傷つけ、抑圧させるものなのでしょうか。

小説の舞台になっている函館。観光地として私がイメージしていた函館とは違っていました。遠くから見るとキラキラと美しい町が実際に住んでみるととても淋しい街。その街で厳しい自然に翻弄されながらも、目立たないところで一生懸命に生きている大人の象徴は、文中にたびたび登場する岩の上で毎日ただじっと海を眺める老人・・・

哀しくて美しい、でもこれはまぎれもない青春小説。


●グラスウールの城(新潮文庫)

音の神が沈黙する時、自然界の音による音象、1秒間に10振動するα波・・・
ずっと音の世界で生きてきた著者ならではの表現の数々がとても興味深く、音楽、音の世界の奥深さをのぞかせてくれたお話です。とくにレコードにとって代わったCD、デジタルの限界論には「なるほど」なんてとても感心してしまった私です。

ただ、読んでいるうちにある息苦しさを感じてしまったことも確か。辻さんの文章からは、いつもいい意味での神経症的な張りつめたものを感じていたのですが、この本からはとくにそれを感じてしまいました。
文中に漂うピリピリしたもの…そこにはいつも神経をとがらせ、まるで袋小路に入ってしまったような主人公の苦悩が描かれています。
何かを激しくひたむきに追い求めようとする、そんな主人公の真摯な姿が印象的。

この本を読んで、レコードプレーヤーが欲しくなった私です。


ピアニシモ(集英社文庫)

転校、いじめ、引きこもり、伝言ダイアル…この本を表すいくつかのキーワード。ため息が出そうなほど暗いけど、これはまぎれもない青春小説。著者の処女作でもあります。
青春小説といえば最近では軽いタッチやおしゃれな作品が多い中、この本に描かれているのはあまりにも荒涼とした主人公トオルの青春の日々。行き場のない憤りや悲しみ、孤独感などをもうひとりの自分ヒカルの存在を作ることでなんとか自分を保っているトオル。そしてヒカルの存在を葬り去る時、そこには過去の自分から抜け出し、新しい自分に生まれ変わろうとする主人公の姿があります。
転校をくり返すトオルがその学校や教室の雰囲気、そこの生徒たちと馴染もうと自分を殺して息を潜めるその姿が痛々しい。それに追い打ちをかけるように集団のもつ狂気や思春期特有の残酷さが彼を打ちのめします。彼の荒んだ心が一筋の光を求めてそれにも裏切られ、でもそこから這い上がっていこうとする…自立への一歩を歩みだしたトオルの姿がすがすがしい。
著者の心に残る、昇華されなかったいろんな思いが一気に吐き出されていく、まるで辻仁成の私小説のような本。


●音楽が終わった夜に(新潮文庫)

ロックバンド「エコーズ」のヴォーカル・ギターを担当していた、ミュージシャンとしての辻仁成のエッセイです。
この本を読みながら、辻仁成、この人の書かれたものにどうしてこんなに惹かれるのか、分かったような気がしました。エッセイといえばテンポがよくて明るく、ノリがいいものが多い中、彼の文章はとても真っ直ぐに誠実で、音楽はもちろんいろんなことに真摯に向かっていく姿が伝わってきます。もしかして彼の生き方、考える方向は今の時代からは外れているのかもしれません。でも、ライトな人生から紡ぎ出されるこなれた軽い文章よりも、辻さんの不器用なほどの真面目さがいい。
人間だもの、生きているといろんな失敗をします。たとえそれが故意ではないとしても時には人を傷つけてしまうことも。自分とかかわったことでイヤな思いをさせてしまった人への「すまない・・」という心からの思いがこの本からは伝わってきます。どんな時でも自分の夢をあきらめないで夢を追い求めてきた、彼の熱い思いも…。

「僕は街に耳を澄ませて生きるようになったのだ」
本の中にある私の好きな言葉。バンドは解散しても卒業のない音楽の世界。日常の中にいつもある終わりのない芸術、「音楽」を感じさせる言葉ですよね。


●嫉妬の香り(小学館)

嫉妬は世界最強のウイルスである…文中の言葉。
胸を焦がす激しい嫉妬に悩まされる哲士、その恋人ミノリ、美しい人妻早希とその夫英二。4人の複雑な恋愛模様が描かれた物語です。軽めの感じの小説は文学というより娯楽小説のようで、珈琲でも飲みながら気楽に楽しみたい、そんなお話。
辻さんの作品は何冊か読みましたが、娯楽的要素の濃いものより『海峡の光』に代表されるどちらかといえば重くて暗いものがテーマになっているもののほうが私は好き。そういった意味ではちょっと物足りなかったかな。女性の描き方も、二十代までの若い男性から見た理想の女性、みたいなものが感じられました。
人がもつどうしようもない性(さが)、疎外感、焦燥…それらが濃く漂う辻 仁成の小説を読むと、その感性、表現力にいつもドキッとしてしまう私ですが、恋愛ものになると「あれ?」と思ってしまうのは私だけかしら。辻さんのファンだと公言しているわりには、手厳しい今回の感想。

音の世界を深く追求して書かれたものに著者の代表作『グラスウールの城』がありますが、この本では”香り”が深いテーマになっています。私自身もずっとアロマテラピーをおこなっているので、香りが男女の色香に影響を与えていく様、女性(香り)に翻弄される哲士の姿がとても興味深かったのです。


●ミラクル(講談社)

じっさいに読むまで、ずっと子供のための絵本だと思っていました。
子供のころ、心に持っていたキラキラしたものを忘れてしまった大人、むかしの自分を思い出したい大人のための絵本です。よぶんなものをそぎ取った文章と言葉がストレートにひびき、読んでいるうちに心が温かいものでいっぱいになる本。
クリスマスの夜に起こった奇跡。その時、主人公のアルは相手を思いやることができる人に成長しています。

大人になったために見えなくなった大切なもの…子供のころの純粋な心は失ってきますが、大人になるということはそんなに悪いことではない、そんなメッセージをこの本から感じました。
この本をたいせつな友人にプレゼントしたいと思います。


●旅人の木(集英社文庫)

「都会」をこれほどまで見事に描ききったお話ははじめて。
人混み、雑踏、路上…自然回帰の風潮のある今、あまりいいイメージをもたれていない都会ですが、自然を、人工的な都会をとはスパッと割り切れなくて、都会に惹きつけられている自分を分かっているからこそ、そこで魂の叫びをあげている人の気持ちが分かるのだと思う。
はじめて辻 仁成の本を読んだ時、彼の文章からうかがえる”思考性”に自分と似たものを感じてドキッとしたのですが、この本を読んでますますその思いを強くしました。男女の性の違いはあるものの、感じるぶぶんの受け皿がきっと似ているのだと思います。
彼の本に登場する男女はかならずといっていいほど肉体関係を結びます。この本でもそう。言葉での会話のもっと上をいく身体での会話。足りないものを補いながらもっと分かり合おうとする、男女の姿が切なく胸にひびきます。
この本を読みながら数ヶ月前に読んだ田口ランディの『コンセント』のお話を思い出していました。ストーリーは違っていますが、根っこのぶぶんがとてもよく似ているのです。


●そこに僕はいた(新潮文庫)

著者の小学校時代から、夢を抱き東京に行くまでが描かれた青春エッセイ。
時おりユーモアをまじえた、彼のストレートで正直な文章が好感をよびます。
読み進んでいくうちに、かつてのクラスメートたちのことを私自身も思い出していました。まだ自分をつくろうことをしない小学校時代。友人たちのちょっと変わった性格やいけない行動たちが、今から思うと懐かしい。
ひとりひとりの個性がとてもはっきり出ていたあの頃、かかわった友人たちの思い出がふたたびよみがえり、私の心を熱くします。人と打ち解けるのに人一倍時間がかかってしまう(今も直っていない)私は、人と広く浅くつきあうことがなによりも苦手。コンプレックスになっていた自分の欠点が個性と気づくまでに要した時間…この本を読むことであらためて思い出したことは大きい。

感受性が強く、根っこにやさしいぶぶんを持ちながらも外側では突っ張って悪ぶっていた彼の青春時代・・ 喧嘩に明け暮れながらも一方では文学書を読んでいた文学青年の一面ものぞかせています。
辻 仁成の本の登場人物たちが持つ、ひたむきさの原点を見せてもらったようなそんなエッセイでした。


●愛をください(マガジンハウス)

不幸な生い立ちを背負い、人を信じることができなくなった孤独なヒロイン李理香と、彼女を遠方から励まし続けるひとりの男性基次郎との往復書簡。
文字だけの交流なのに、そこには本当のことだけえを伝えようとした真摯な思いに溢れています。
「愛してほしい」
愛を求める気持ちから自らの身体を好きでもない相手にあたえてしまう李理香を攻めるわけでもなく、ただ辛い気持ちを受けとめ、さりげなく生き方の軌道修正をはかる基次郎に真のやさしさを見ました。

がんばれそうは励まさないけど、まわりの自然、美しい景色たちを感じることを李理香にすすめます。孤独だという彼女に大きなものにいつも見守られていることを伝えようとする基次郎。荒みきった李理香の心を包み込むように癒やし、未来に向かっていく勇気をあたえる基次郎の言葉は文通相手である李理香にあたえられたものなのに、読んでいる私自身もいつしか励まされているのを感じます。

真実というものは痛い。
文中の言葉がストレートにひびきます。痛くてもどうしても伝えたかったこと・・ その痛みを受けとめられる人こそ、真の友達であったり、恋人であったりするのでしょうか。
新緑の美しい季節、並木道を胸をはって歩いている李理香・・自業自得になっていた彼女が明るい光を未来に見つけ、希望に向かって進んでいく、この場面がいちばん好き。
この本は放映されたテレビドラマ「愛をください」がもとになって書き下ろされた小説だということ。ドラマも見ましたが、本のほうが内容がシンプルなぶん、真っ直ぐに伝わるものが大きかったようです。泣けます。


●愛はプライドより強く(幻冬舎文庫)

たった一人の女性に向かってラブソングをひたむきに歌うように、僕はこの恋愛小説を書いた。
著者のあとがきの言葉。だけどこの本に描かれているのはあまい恋愛小説ではありません。
男と女、プライドを持った人間同士の暮らし・・裸のプライドはおたがいの痛みばかりをつつきはじめ、それでも寄り添うふたりの前に立ちはだかる、それぞれが抱える現実。
辻 仁成がつむぎ出すセンテンスの短い言葉がテンポよく連なり、主人公たちが抱えるおもに仕事上での苦労が文中から伝わってきます。特に音楽業界についてのエピソードは著者自らが経験してきたことだけに、生々しいほどの現実感。

上手くいかない仕事、都会の生活にも疲れを感じた時、故郷が心の中でどんどん大きな存在になっていく・・心のかたすみに追いやられていたはずの故郷が心を浸し始めたとき、いっしょに暮らす女にはそれが敗者として映ってしまう、という悲劇。

私は辻 仁成が書く街の描写が好きです。どこか人を拒んでいるような都会のようすとけっしてきれいではない街。でも、なぜか惹きつけられる都会のすがた。
見捨てられることには慣れてしまったという主人公のナオト。小説が書けなくてどんどん憔悴していく彼のすがたに著者を重ね合わせた時、ファンの私は心がちくんと痛みました。


●千年旅人(集英社)

三つのお話で構成されている本の中で「砂を走る船」がいちばん好き。
死にたくてしかたがない主人公の彼、現世に未練がありながら死が迫っている男、義足の少女…死者を海に流す風習のある土地での毎日が淡々と過ぎていきます。自分の運命に逆らわないでそれに流されるように生きる彼等の姿・・それはあきらめとはちがう、もっと上にある静かで崇高な生き方。それを見て運命を自らの手で変えようと抗っている主人公は迷います。

千年旅人と呼ばれる人々は川を単純に横断するのではなく、流れに乗って川を下る人々。適当なところまで流されて、人生を多く堪能したのち上陸するようだ。
あとがきで著者は述べています。流れに逆らうのではなく流れに乗って人生という川を渡る人たちに対する憧れが感じられる一文。
音楽、執筆活動、映画、ドラマの脚本…今という時代を猛スピードで駆け抜けていたかに見えた辻 仁成ですが、40歳を迎えて”急がない人生”について思った時、この『千年旅人』が生まれたのかしら。

赤道に近い島が舞台となっている「記憶の羽」のお話。生と性エネルギー、家族間の軋轢、禁断の恋…すべてをのみこみ丸め込んでしまうかのような大きくて美しい、だけど怖い自然の姿がそこにあります。読んでいるうちに息苦しさを感じるほどはりつめた神経症的な文体が、読み手の私を何度も立ち止まらせましたが・・


●冷静と情熱のあいだ Blu(角川文庫)

著者の本は何冊も読みましたが、読みながら男性としての辻 仁成をこんなに感じたのは始めて。ドキドキしてしまいました。
いつもの自意識、強いメッセージが息をひそめ、大人の男性としての著者を意識してしまった作品。苦悩する主人公を描きながらも、作風にどこか穏やかなものを感じてしまったのはなぜでしょう。
女性より男性のほうが過去の恋、愛した女性を引きずってしまうもの…まわりの男性を見ていて感じてはいましたが、8年間も同じ女性を思い続けることができるものなのでしょうか。

主人公のジュンセイがずっと思い続けているかつての恋人あおいの存在。忘れようとしても忘れられない恋人との思い出が彼を苦しめます。過去にとらわれ続ける男の仕事がむかしの絵を蘇らせる絵画の修復士、というのが皮肉だけど面白い。
あおいと芽美・・対照的な二人の女性。美しい容姿、天真爛漫な性格の芽美はいつも未来を向いています。過去を断ち切れないでいる順生には彼女の存在はまぶしすぎたのでしょうか。彼女の愛をいっぱいに受け毎日のように愛しあう日々の中、別れたはずの恋人あおいへの思慕が彼を苦しめます。

苦悩する主人公のようすが印象に残るお話なのにそんなに重い小説にならなかったのは、イタリアが舞台になっているせいなのかしら。読んでいると一度も訪れことがないイタリアの街が私の中できちんと映像を結び、描写のひとつひとつが生き生きと伝わってきます。刻まれた歴史が今なお息づいている街…それは過去と未来、両方のあいだを行き来する主人公にぴったりの街なのかも。


●サヨナライツカ(世界文化社)

たった4ヶ月間だけの逢瀬だったのに、それから25年という歳月を経ながらもお互いを忘れることができなかった豊と沓子。テーマほど重くならずにサラッと読めたのは、文学というより娯楽小説として楽しめる本だからなのでしょうか。
あくまでも家庭的で良妻賢母の妻。一方、奔放で性に大胆な愛人。同じ著者が書いた「ニュートンの林檎」と同様のシチューエーションに思わず苦笑いをしてしまった私。
「これってもしかしたらたくさんの男性たちの理想?」
意地悪い見方をしている自分にドキッとしてしまったのです。慎ましやかで控えめな光子。無邪気で破天荒、情熱的な沓子…まったくタイプの違う二人の女性が登場するのですが、誤解をおそれないで言ってしまえば、ほとんどの女性の中に沓子と光子、ふたりの女性がいるのではないかしら。控えめであってもある時は情熱的になる、みたいな。女性の方だったらきっと私の言いたいことを分かってくれるはず。
豊と沓子が異国の地タイで愛し合うシーンはとても情熱的。からっとストレートに性愛の素晴らしさが感じられました。でもなにか読んでいて足りなかったのは、この本からは愛し合うことの”切なさ”があまり伝わってこなかったせいなのかも。相手を恋焦がれる気持ちや葛藤はあんなに伝わってきたのに・・
文中にたびたび登場する「愛されたことよりも愛したことを思い出す」という言葉。 愛したことよりも愛されたいと願う私は、まだ大人の恋愛の一定水準まで達していないのかもしれません。