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●「少年A この子を生んで…」・少年Aの父母(文藝春秋)

この本は、神戸で起こったあの忌まわしい事件、連続児童殺傷事件を起こした犯人、少年Aの両親が書いた手記です。あの事件は思い出すだけでも背筋が凍るような、ここで話題に出すこともためらうほどの酷い事件なのですが、犯人の少年・・あんな残忍な子供を育てた両親とはいったいどんな人なのだろう、といういくばくかの好奇心があったことも確かなのです。
マスコミの報道では母親の少年に対する教育の問題点、愛情不足だとか厳しすぎる躾、などが盛んに言われていたことが記憶に残っていますが、この本に登場する母親とは、私たちのまわりによくいる普通の母親とそんなには変わってはいないような気がしました。たしかに文章からは真面目すぎて優柔さがあまりない、愛情よりも躾や秩序を重んじる、そんなどちらかといえば堅苦しい親の姿は見えてきましたが…。

大人しくて真面目な普通の男の子が起こした残忍な犯罪…そんなイメージを持っていた事件なのですが、土師淳君を殺害するまでに少年Aは何度も問題を起こしていて、斧だとかナイフが彼の周辺で目撃されていること、猫などの小動物の殺害、担任の先生がクラスメートに「少年Aはとてもキケンだから遊ばないように」などと言っていたことなどから、あの連続殺傷事件はもしかしたら防げる可能性が高い事件だったのでは?…なんて思ってしまったのです。

精神的には異常がないと言われた少年が、動物や人を殺傷した時に性的に興奮していたという事実。世の中に存在する、暗くて深い部分に眠っているおぞましいもの、見たくない部分にただフタをするのではなくて、それらをあえて表に出してそこにスポットをあてること、そのことの大切さも感じました。次にまたこのような事件が起こることを避けるためにも。


「少女はなぜ逃げなかったのか」・碓井真史(小学館文庫)

少女を誘拐して9年以上も監禁した37歳の男が逮捕された事件、あの忌まわしい事件を中心に、犯罪心理学にもとづいて心理学者である著者が、この本で事件を分析、解説しています。
新潟の監禁事件のような異常な犯罪が起きるとみんなに注目され、連日のマスコミの報道が続きます。その報道により開放された被害者の女性に対して「なぜ逃げなかったんだ」と責めるような言い方をする人があらわれること、このことにとても疑問を持った著者は、「被害者はあくでも保護されるべきで、責めなければならないのは犯人のほうだ」そう強く述べています。そしてこのことは、彼がいちばん私たちに伝えたかったことのようです。
「報道を通して傷つく人がいるのなら、励まされる人もいる。だから私は書く意味がある」
この言葉から著者の強さと優しさを感じた私。

人の心にの部分があるのならの部分もかならずあります。私をふくめて人はやさしいもの、あたたかいもの、それらには目を向けようとしますが、暗いものやおぞましいものには目をそらせてしまいがちです。
だけど普通では理解しがたい犯罪が現に私たちの社会で起こっている事実。その事実があるかぎり、どうしてその犯罪は生まれたのか、犯人はどうしてあんなひどいことをしたのか、それらを私たちひとりひとりが時々は考えてみる、そしてそれを説いてくれる専門家の意見を聞く…闇の部分にも目を向ける勇気の大切さを感じました。


●『聖の青春』・大崎善生(講談社)

将棋界の最高峰ともいえるA級に在籍したまま病気のために燃え尽きた、村山聖の29年間を描いたノンフィクション。
幼いときにネフローゼを患い、癌によって亡くなるまでずっと病気と闘ってきた村山ですが、そんな過酷な運命にも負けないで立ち向かってこられたのは、彼には目指すもの(将棋)があったからなのでしょうね。大きな目標と情熱が”生”へのエネルギーをこれほどまで強くしてくれるものかと、あらためて感心してしまいました。
身なりなどぜんぜんかまわないで、将棋をさすことだけに強いエネルギーをそそいできた彼は強烈な個性を放ち、かけひきなどできないストレートな言葉といっしょになって周囲の人々を惹きつけます。飾りのない丸裸の存在のもつ強さ。
師匠であるの村山にたいする深い愛情がうかがえる場面も多く登場して、それらを読んでいると思わず胸が熱くなります。他人の痛みを自分のことのように感じるとき、自然と相手に手がさしのべられるものなのでしょうか。
精神的なプレッシャーから対戦のとき、多くの棋士たちが下痢やら嘔吐に悩まされていることをこの本を読んではじめて知りました。神もはいりこめないという、神聖な勝負の世界で生きている人がいるということ…大変だなあ、と思うそれ以上に、憧憬の念を強くしたのです。

著者、大崎善生のすべての人にたいするやさしいまなざし・・欠点をもふんわり包み込んでくれるような包容力にふれたとき、こちらの胸にもあたたかいものが流れてきます。


●『いちご薄書』・植嶋由衣(読売新聞社)

第20回読売「ヒューマン・ドキュメンタリー」大賞カネボウスペシャル入賞作品集。5編の作品が収められています。
この本の表題にもなっている大賞の「いちご薄書」は、執筆当時16歳の若い女性が書かれたもの。テンポがよくて明るい文体からは、家族、とくに母親の愛情が強く伝わってきます。 傷つくことを必要以上におそれてそっと生きるのではなく、一度きりの人生だもの、他人の目など気にしないで自分らしく生きなさい・・一見破天荒にも見える母親の生き様が語ります。学校では学べない生きた教えは、生きることのたいへんさと同時に命の重みを説いています。

優秀賞を受賞したのは、なんと漫才師西川のりおの作品。読みながら文中の大阪弁がみょうに耳についてしまった作品ですが、かっこうばかり気にして中身のない人たちをけらけらと笑い飛ばすような、のりおさんの母親のパワーが感じられます。そこにあるのは体裁よりも本音の世界。でもあまりにも金、金、金…とお金の話が続くのはちょっとうんざり。もしかしてこの私こそ、のりおさんの言うところの”いいかっこしい”なのかも。

入選作の「狂言の国・詩人の国」「伴走夫婦」、このふたつはかたちこそ違っているものの、どちらも女性の自立がテーマになっているように思いました。紆余曲折のすえ、最後に見つけた自分自身をキラキラと輝かせてくれるものの存在。暗さのむこうに見える希望のともしびが、読むものを安心させます。

「私の考え、体験を世間のみんなに伝えたい」
どの作品も筆者の強い思いが文章の中に表れていて、常に読み手のことを意識して書かれているプロの作家のものとは違う、ごつごつした文章がきっと魅力のひとつ。