松本侑子

 


私が好き(角川文庫)

松本侑子さんが書かれた本といえば、今から約10年ほど前に「拒食症の明けない夜明け」を読んだきり。美人で華やかな女性という印象がとても強く、エッセイを読むのはこの本がはじめて。
外見の女性らしさとは別に、湾岸戦争のこと、PKO法案や政治のこと、そして女性問題に対しても鋭く突っ込んで自分の意見を述べられていました。 私が政治や女性問題に対して疎いということももちろんありますが、もう少し肩の力を抜いて考えればいいのに、なんて、そんなことも読みながら思ってしまったのです。

男性と同じ場所で同じように肩を並べて、考え、行動する、というのももちろん大切なこと。でも、表面では一歩下がったように見せて、じつは女性らしいゆたかさやこまやかさで男性とは違う部分でその世界を渡っていく、という選択があってもいいような気がしました。もしかしてこれって、フェミニズム批判なのかしら・・・?

でも、堅い話ばかりではなくて、可愛がっているミニウサギのこと、大好きなマリリンモンローの魅力や翻訳した「赤毛のアン」のことなども書かれてあり、著者の素敵な二面性が感じられてよかったのです。


植物性恋愛(集英社)

この小説では「レイプ」というショッキングなテーマを扱っています。文中の表現もどちらかといえばおぞましいものが持つ美、などが感じられて、こんなことを書くと不謹慎かもしれませんが、レイプの被害者である主人公の沙江子のことをただかわいそうな女性、だけでは終わらせない、ひとつの作品としてもじゅうぶんに楽しめた、そんな内容だったのです。これは著者の松本侑子さんの筆力も大きいのでしょうね。
幼いころに性のはけ口にされた沙江子が、いつのまにか自分の生身の部分を削ってしまい、まるで人形のように扱われるのを望んでしまう、その生き方がとても悲しく伝わってきます。
過去の不幸な経験は愛する人の出現で、また違った痛みをともないます。男性の前では人間でいたことがないという、そんな沙江子ですが、はじめて彼女に芽生えた欲望とすっかり臆病になってしまった心がしめぎあい、相手を歓ばせたい・・・ そう思う真摯な気持ちが彼女の心を大きく揺らします。
哀しさとやりきれなさが始終つきまとったお話ですが、沙江子が長かった闇の場所から明るい場所へ飛び立っていく、そんな希望が感じられるラストのシーンはとても爽やかでした。



●グリム、アンデルセンの罪深い姫の物語(角川文庫)

この本はグリム、アンデルセン童話をパロディ化した小説です。パロディといっても残酷だったり性的だったりする部分はそのまま残してあるので、それが松本侑子さんの文章によってますます妖しい、でも惹きつけられるお話になっています。幼いころ童話を読んで胸がワクワクしたあの感じ、その感覚が大人の私に再びよみがえってくるような、ちょっと毒気のあるお話はとても魅力的。だけどアンデルセンの童話がもとになっているお話たちの哀しいこと。とくに『マッチ売りの少女』の設定が貧困から生まれた少女売春のお話になっていたので、読んでいるとやりきれない気持ちになってしまいました。このお話は幼いころに慣れ親しんだもののほうが私は好き。
残酷な描写と童話たちのウラに潜む偏見と差別・・ それらを批評するために書いたといわれるこれらの物語ですが、毒の部分が全部はぎ取られてしまって、きれいなものだけで構成されたそんなお話だと、ここまで私たちは惹きつけられたのかしら?・・・ なんて、そんな不謹慎なことも思ってしまったのです。


花の寝床(集英社文庫)

松本侑子さんの本を読むたびに、面白いのだけどなにかしっくりこないものを感じていた私ですが、この5編のお話が収められている恋愛集を読んだ時に、その理由が分かったような気がしました。著者の松本侑子さんと私の男性に対する見方がまったく違っていて、その違いぶりに思わす心の中で苦笑してしまったほど・・。私が好きでよく読んでいる山本文緒さんの本が、どちらかといえば女性の心の裏側に潜む陰の部分を表に出して描いているのに対して、松本侑子さんの男性に対する視線に、冷たい、時には残酷なものさえ感じてしまいました。社会と濃い接点を持っていて、フェミニズムの考えがいつもベースにあるので、男性を、それをとりまく社会に対して、どうしても鋭い視点で見てしまうのでしょうか・・
大人になる一歩手前の少年、老いが確実に迫っている初老の男性。 この小説に登場する男性はみんなどこか揺らいでいて戸惑って生きています。そして、その男性を愛してやまない女性・・という図式がお話の中で目立っていたように思います。

恋愛に社会的なものがたくさん介入してくると、その文章がどんなにエロチックであっても官能を刺激されない・・・ そんな私にもドキッとしてしまったのです。


●性遍歴(幻冬舎)

私のHPにアップした本の感想を読んで、著者の松本侑子さんからメールをいただいたことがあります。そして、週三回発信されるメールマガジン「幸せになる『赤毛のアン』の言葉」をとても楽しみにしている私。そんな彼女からのメールで新しい本が出たことを知り、さっそく読んだ本が『性遍歴』。
自伝的性愛小説は美しい文章と官能的な表現に彩られ、一気に読んでしまった面白い本。五つのお話が収められています。
その中のひとつ、表題にもなっている「性遍歴」。どちらかといえばオクテな著者の性にまつわるお話が赤裸々に語られていますが、とくに同性の方が読むと自分との類似点をいくつか見つけることができ、著者に親近感さえわくのではないかしら。
フェミニズムの問題を頻繁に文中で問いかけている著者。この本ではとくにジェンダー(性差)の問題について織りこませています。どちらかといえば性差を楽しんで生きてきた私には、今ひとつピンとこない問題定義でもあるのですが、興味がない、ただそれだけで自分と遠いところに追いやってしまったそれらを、少しは考え直すきっかけにはなったような気がします。
リズムのある文体は軽やかなのに、どこかくねっとまとわりつくよう。毒をもつ美しい文章に惹きつけられます。
「私は新しい扉を開いた」
帯に書いてある文章そのままに、本を開いた私たちに、新しい世界を見せてくれています。      


*松本侑子さんが新完訳された『赤毛のアン』の感想はこちらで紹介しています。
彼女の本がたくさん紹介されたホームページ、松本侑子ホームページ です♪