保坂和志


●猫に時間の流れる(新潮文庫)

この本を読むのは今回で三度目。何度読んでもフワフワした優しい気持ちに包まれます。
保坂ワールド・・・

都会の片隅にある古くて小さなアパートに住む住民と猫との交流が淡々と描かれていますが、大きな事件も変わった登場人物も現れないお話は、真剣に読むより好きな飲み物をお供に、のんびりくつろいで読むといいみたい。

「猫を見ている時の気持ちは海を眺めている時間と似ている…」
主人公のぼくが言った言葉ですが、すごく分かる気がします。
猫を入り口にして、広い大きな拡がり(内面性?)のようなものをどこかで感じているのかな。
猫が好きな人は、ただ猫を眺めているだけで幸せって、よく言いますよね。


●この人の閾(新潮文庫)

「閾」という意味がよくわからなかった私・・。だけどこの人の閾という言葉の響きがよくて、「この人が持つ城」みたいな意味をかってに思っていました。
主人公の男性が10年ぶりに会った大学時代の友人(女性)は、すっかり家庭の人になっていました。過ぎてしまった時間の流れをおたがいに感じながらも、たんたんと会話を続けていくふたり。並んで草むしりをするふたりにからは、不思議と男と女を感じさせない。
保坂和志の本はたくさん読んでいるわけではないのですが、男女のあいだを無言でやりとりされる”性”が抜け落ちている…彼の本を読むたびにそう思ってしまうのは私だけ?
ひとりの人間同士として向き合い、時間をいっしょに共有していく・・人との関係がまるで風景のひとつみたいに進んでいきます。だけど私には無理みたい。あと20年は年数が必要のようです。

物語から音楽を感じることがあります。たとえば、村上龍の小説『トパーズ』にポンポンと飛び跳ねるような刺激的なリズムを感じる一方で、『この人の閾』に収められているお話たちからは、地を這うようなゆるやかな音楽を感じました。

「こんなふうに生きなさい」
「これがいちばん正しい」
そのような押しつけがましさが作品から伝わってこない、というところが好きです。