藤野千夜


●夏の約束(講談社)

かわいい犬の顔、高層ビル、バービー人形、へんてこな漫画…なんの関連性もないそれらの写真がオレンジ色のベースに並んでいます。そんないい感じに乱雑で、楽しい表紙に惹かれて買ってしまった本は芥川賞受賞作。

マルオヒカルというゲイのカップルを中心に、女性に性転換した美容師のたま代、売れない小説家で知的障害のある兄をもつ菊江、社内で後輩からも馬鹿にされているOLののぞみ・・・人とは違う自分、ちょっとさえないかもしれない自分を持て余しながらも自分たちのペースで生きていく、そんな若者たちの姿が描かれています。
過去、そして今も続いている他者の自分への好奇の目やら、攻撃を、どこかひょうひょうとかわしていく登場人物たちの姿は、ちょっと切ない感じで胸にひびきます。著者藤野さんの登場人物に対する温かい視点のせいかしら、肩の力をぬいて読むことができる、そんな本。

劇的なストーリー展開もなく、ただ登場人物たちの日常を描いて見せる…読みながら保坂和志の『猫に時間の流れる』の本のことを思い出していた私です。
人との結びつき・・”友情”っていいな、そうしみじみ思える本でもあったのです。


おしゃべり怪談(講談社)

四つのお話が収められている短編集です。『夏の約束』を読んだ時に感じられた、いけないこともフワッと受けとめてくれそうな、そんな著者のやさしいまなざしがこの本でも感じられました。
悲しい、寂しい、心の動揺…そんな負の感情をバーッと言葉に出してしまうのでなくて、日常のちょっとした場面やふとした行動、何気ない会話などにそれらが見え隠れする、そんな藤野千夜の書く文章が好き。

題名は「おしゃべり・・」とついているのに、ちっともおしゃべりではない彼が紡ぎ出す言葉たちはどこかたんたんとしているのだけど、ぜんたいを通して読むときちんと登場人物たちの心情が伝わってきます。世間の常識からすると外れてしまう人や人生の寄り道をしている人たち…大げさな表現などしないで、それらをまるごとそのまんまで書いてあるのがいい。
やさしさ、それが文書に出ることをあらためて思いました。