江國香織



きらきらひかる(新潮社)

何度読み返したか分からないほど、私の大好きなお話です。夜空の月や星、美味しそうな料理の数々、気持ちがよさそうな部屋のこしらえ、など、文章の言葉ひとつひとつがとてもきれいなのです。仲間になじめずいじめられるので、群からはなれて自分たちだけの共同体を作って暮らしているという銀のライオンのお話に、主人公たちは自分の姿と重ね合わせます。「人はみな天涯孤独だと思っています。」とあとがきで述べている著者は、孤独だから寄り添う人々のありさまをじつに繊細に描いてみせてくれています。睦月と笑子は、ホモ、アル中と、ちょっと突飛にみえる組み合わせのカップル。相手にいつも純粋に向き合っていて魂みたいなものがむき出しで、愛情をそのままぶつけています。それはちょっと痛々しかったのです。
どちらかといえば重いお話のはずなのに、読後感がとてもいいのは、愛、がいっぱいのお話だからでしょうか。 間違いなく一等級の恋愛小説です。


ホリー・ガーデン(新潮文庫)

吉本ばななさんの「アムリタ」、保坂和志さんの「猫に時間の流れる」など、作者の意図だとか、そこに何か意味を見つけようとして読んではいけない、そういう本があります。この「ホリー・ガーデン」もまさにそう。読むのではなくて、その世界を感じていく・・・ そういう読み方の出来る本なのです。だから肩の力がスコーンと抜けて、本の頁を前にとても心地よいのです。
この本の最後のほうに載せられた男性が書かれた解説文を読んでちょっとおかしかった私なのですが、そこではヒロインの女性たちを変わっている人、というふうに書かれているのですね。でも、この本を読んだほとんどの女性が、主人公の果歩や静枝を、自分や自分のまわりにいる女性に置きかえて読んでしまったのではないのかしら。もちろん、私も・・・
女性同士の友情は強ければ強いほど、ただの仲良しではいられない、あるやっかいな感情も伴ってくるのだけど、その感情の結びつき、そして危うさを、江國さん独特のきれいな文章で表現されていました。


落下する夕方(角川文庫)

哀しいこと、それがテーマになっているはずなのに、きれいなお話が胸に響いたせいかしら、不思議と暗い感じがしなかったのです。むしろ清々しささえ感じてしまったほど。あとがきに、「私は冷静なものが好きです」という彼女の言葉があります。その短い言葉に胸をうたれてしまったのは、この小説を読んですぐだったからなのでしょうか。とても辛い状況にありながら取り乱すこともなく、やさしく静かに日常をおくっていく主人公たちがとても素敵、そう思った私です。
いつも彼女の本を読むたびに思うのだけど、江國さんの本の中に登場する女性たちの魅力的なこと。それはけっして優等生の魅力ではありませんが、危うくてちょっとバランスが悪くて、でもとても素敵な女性が多いのですよね。同性としてとても憧れてしまいます。
いれたてのコーヒー、足をのばして入るお風呂、ふかふかのソファーなど、お話の中に登場するいくつかの気持ちのいいものたちが、このお話をもっとイキイキとさせているようでした。


神様のボート(新潮社)

書店でパラパラと頁をめくった時には江國さんらしい美しい言葉たちが目に飛びこんできて、それは文中の美しい情景と重なって、私の大好きなわたせせいぞうさんのイラストを思い出していました。読み始めると・ ・ ・ たしかにとてもきれいなお話には違いありませんが、私には主人公たちの日常が書かれているだけの退屈なお話に思えてしまったのです。ところがお話の後半のあたりから、主人公の葉子の自由な生活が少しずつ崩れていく・・ 葉子の娘、草子が現実の世界に生きようと母のところから飛び立とうとしていくあたりから、淡々としていたはずの日常が鮮やかに浮かび上がってきて、どんどんとお話も面白くなってきたのです。
そしてラストのシーン・ ・ ・ 感動して思わず泣いてしまった私です。過去に主人公のおかれていた状況はイヤな言い方をすればダブル不倫。だけどこれはひとりの人を長いあいだ愛し続けてきた、まぎれもない愛の物語、だと思いました。

読んでいる最中よりも読み終えたあとでその余韻がいつまでも心に残り、自分がとても感動していることに気がつく、そんな小説でした。


流しのしたの骨(新潮文庫)

大きな事件が起きるわけでもなく、静かなストーリーがゆっくりと流れていって、読んでいるうちにいつのまにか心が温かなもので満たされていく、そんな家族の物語です。
「変な家族の話を書きました」
あとがきでの江國さんの言葉・・。それが私にはかくべつその家族たちが変わっているふうには見えなくて、それよりも読んでいるうちに、「あっ、これ、私も経験したことがある」なんて、思い出すと胸がじんとなるような、忘れかけていた懐かしいものたちが心に蘇ってくる・・そんな場面にたくさん出会えたのです。
フルーツパーラーで運ばれてきたゼリーを、思わずプルンと指でつついてみたあの日、飽きもしないで遊んでいた国旗あてごっこ、紅茶の缶をお家に見たて、架空の街の住人になった遠い日、心が寂しくてしかたがなくなった時、彼の股間にそっと手をおくと寂しさがスッと遠のいてしまった、そんな経験・・ この物語はそんな懐かしいものたちでいっぱい。
ものがたりの登場人物・・4人の兄弟のうちでしま子ちゃんのことがとても気になってしまった私です。とてもやさしくて感受性が人一倍強いのに、それが上手に表に出なくて、他人から誤解されやすいしま子ちゃん。著者江國さんのどちらかといえば弱者に対してのあたたかいまなざしがこの本にもたくさん感じられて、彼女のような心の人ばかりだったら、世の中にはびこっているあのイヤないじめがなくなるはず・・そんなことを思いました。


いくつもの週末(世界文化社)

著者の結婚生活のことが書かれたエッセイ。すごくよかったです。
このエッセイが本音で書いてあることが感じられて、読んでいるうちに嬉しくなってしまった私です。いろんなこと、私が江國さんと似ているのか、それとも女性はみんなそうなのか…いくつもの共通点を文中からひろい集めてはニコニコしながら読み進んでいった本。
にぎやかな場所、騒々しいものが苦手で、静かでおだやかな時間の中、そこに長くとどまっていたい…私もずっと思っていました。できれば嫌なことなどしたくなくて、たっぷり依存したい、そんなことも。自分の胸の中にじっとしまっていたそんな思いを著者がするするといとも簡単に言ってのけたこと、このことに驚き、そしてとても羨ましかった私。
私はもしかして他人の目を意識しすぎていつのまにか自分らしさを失っていたのかも、本を読みながらそんなことも思ってしまったのです。

甘やかされた妻でいたいから。甘やかされるのは素敵だ。
この本の中の一文です。
正しさ、にちっともしばられていない、柔軟な江國さんの心が心地よくひびきます。


薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木(集英社)

いけないこと、いけない人たち・・この本でもサラッと書いてあって、けっして公明正大ではない私だから、江国香織の書くものを読むといつも心が楽になってくるのです。
この本には9人の女性たちが登場します。環境も職業も性格もぜんぶ違う女性たちの恋と結婚の物語。登場人物が多すぎるせいでしょうか、読み始めた最初の頃はそれぞれ個々のストーリー展開についていけなかった私。でも読み進んでいくうちにそれぞれの物語に引き込まれていきました。なかでも陶子の結婚生活、恋の行方が興味深かった。一見ホワンとしていて9人の中ではいちばん平凡で人畜無害に見えた彼女ですが、安定した生活に心地よい環境、そして新しい恋と相性のいいセックス…すべてを手に入れ、涼しい顔で笑っている。甘えも嘘も日常の中に丸めこみ、現実感のないふわふわした日常を送る陶子。その姿のどこかに自分を投影してしまった私だから、ドキドキしながらこのお話を読んでしまいました。日常の中にある日突然ストンと降りてくる恋。みょうに現実感をもって伝わってきます。
ラストの場面・・ 読み手に波紋を残す、山岸のあの言葉、あの終わり方はこの前に読んだやはり江國さんの本『神様のボート』にも通じるものがあって、「うーん」と、心の中でうなってしまった私です。


泣かない子供(角川文庫)

江國香織のエッセイです。
頭で考えたことより五感で感じたぶぶんを大切にしている彼女の言葉…正直でドキッとします。きれいな文章なのだけど、「あれっ、こんなこと書いていいの」そう思わせるような文章は、世間の常識だとか道徳の枠など取り外してくれそうな自由な空気をふくんでいます。
「文章の中で、正しくわがままでいられる人」
文中にあった言葉です。著者の江國さんはまさにその通りの人だと思いました。
この本には「読書日記」が載せられていて、大好きな本のことを書かれています。紹介された数冊の本。どうしてこんなに好きなのかが美しい表現で熱く語られていて、まるで本に宛てたラブレターのよう。

いつも恋をしているイメージのある江國さん。最近彼女の書かれるものを読むと、そのそのあやうい表現にドキドキしてしまいます。彼女は結婚をしているのでそこには著者の嫌いな言葉「不倫」の匂いがしてしまうのだけど、人が人を好きになる、そんなシンプルな感情の前では世間がふりかざす道徳なんてどこかへ行ってしまう・・そんな”正しさ”が感じられました。
やさしい文章、表現の中に時折のぞく、いい意味での”毒”に惹きつけられます。


●冷静と情熱のあいだ Rosso(角川書店)

本の虫、所有が最悪の束縛だと思っているところ、装飾に拒否反応を示す潔癖性、群れることが嫌い、お風呂とコーヒーが大好き… 主人公アオイを表すキーワードたち。このキーワードが私とぴったり合わさった時、嬉しいけど戸惑いも感じてしまいました。 江國さんの本に出てくる登場人物たちに自分と重ね合わせて読んでしまうことは今までもありましたが、このアオイほど似ている女性ははじめてだったから。

アオイがいっしょに暮らすマーヴ。おだやかで静かでアオイととてもよく似ている男性。彼にやさしく甘やかされてシアワセなはずなのに、そんな満ち足りた生活に物足りなさを感じる彼女。そしてむかしの男ジュンセイのことが忘れられないアオイ・・
無益を嫌い、たくさんの情熱と行動力…動詞の宝庫のような男ジュンセイ。自分が自分らしくいられるためには、自分にないものをもっているパートナーが必要なこと、アオイはきっと分かっているのでしょうね。それは無意識の領域でおこなわれている選別…自分とよく似ている人よりも自分にないものをもっている人に惹かれる私は、彼女の気持ちがとてもよく分かったのです。

いつもは当たり前のように過ぎ去っていく日常。普段の暮らしの中に隠されている情熱。ある日、抑えている感情がいっきにほとばしる瞬間…あんなに焦がれていた濃密な時間、愛しい人との再開が果たされた時の意外な結末。
「人生というのはその人のいる場所にできるものだ」
著者のあとがきに記された短い言葉がラストの主人公たちの行動を物語っているよう。

同じ題名の本、二人の作家が書いた本を続けて読んだのですが、江國香織さんがつむぎ出す物語が現実感よりもどこか夢見がちにフワフワと流れていったのに対し、辻 仁成さんのほうはもっと現実的でどちらかといえば不器用でごつごつしていて…二人の作家の性格、文体の対比も楽しめます。


●ウエハースの椅子(角川春樹事務所)

美しい装丁と頁をめくった時に飛びこんできた美しい言葉…惹かれて購入した本。
大きなストーリーがない物語は、人によっては退屈に思えるかもしれません。本を読み終えるまでの2時間ちょっと。そのあいだにココアをいれ、カゴの中に入ったパイを選び・・肩の力をぬいて、気ままに読めるこんな本が好き。

「とじこめられている」
やさしい恋人。満ち足りたセックス…愛がいっぱいのはずの暮らしの中にいつもひそむ思い。冷静に淡々と日常をおくる主人公の心がじわじわと病んでいく、静かな恐怖を感じます。
この小説には「死」という言葉が頻繁にでてきます。あと「絶望」という言葉も。なのに陰鬱な話に終わらなかったのは、江國さんのつむぎ出す言葉の魔力のせい?

現在の物語に交錯させるように語られる、記憶の中の子供時代。窮屈でちっとも自由ではなかった小学校時代の主人公の様子。団体行動が苦手だったり感受性が強すぎると、ある苦痛をともなう学校生活のことを思い返します。
親から強制されて身につけていた下着が現在では豪奢で美しいものに代わり、淋しく孤独だった幼少時代は過去のものに。そして丸ごと自分を愛してくれる、やさしい男たちの存在・・

シアワセと不幸のはざまを揺れ動く主人公ですが、それでも読んでいて安心できるのは、彼女には彼女しかできない仕事を持ち、社会に参加していること。 主人公が愛した彼には奥さんと二人の子供がいます。帰っていく家庭も。けれど”不倫もの”とよぶにはあまりにも美しいお話。
恋…グロテスクなぶぶんがはぎ取られたとき、よけいにかなしみが浮かび上がるのかもしれません。