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ANGEL CATS STORIES』・明平規男(文芸社)

光、風、雨、植物、喜びと悲しみの歌…そして猫。自然に守られ慈しまれたものたちのお話。
私たちに命や勇気、愛の存在をそっと知らせてくれる、そんな37編の物語がおさめられた本の著者は、ネットで知り合ったあきひらさん。

”優しさ”だけではなく、この本からはある厳しさも伝わってきます。そしてこの物語たちは、けっしてただ猫がかわいいだけのお話ではありません。
猫、自然をとおして私たちに問いかけてくれるもの・・それが伝わったときはじめて、心がしっとりと満たされ、やさしい気持ちになれるのかしら。
文中に脈打つ、すべてのものに通じる調和(ハーモニー)のたいせつさ。

「すべての巡り合いは必然なのだ」
「しあわせとふしあわせが ばらんすをとろうとしてる」
「春は、自然がエネルギーを使ってしまう」
「私たちの世界に降りてきた天使は、むしろハンディキャップを負ってるのよ」
私の大好きな文中の言葉たち・・。心の中で何度もかみしめます。そしてなにかあるたび、きっとこの言葉を何度も思い出すのでしょうね。これからもずっと・・
あきひらさん、素敵な物語をありがとう。

「こうしなさい」
なんて説教じみたことはいっさい書いていないのに、伝わるものが大きいこの本・・大人はもちろん、子供にもぜひ読ませてあげたい本です。


ぐるぐる日記』・田口ランディ(筑摩書房)

ネットコラムニストという肩書きをもつ著者は2歳の女の子モモちゃんのママでもあり、生協の宅配への参加、たくさんの洗濯物との格闘、掃除の行き届いていない部屋に憤慨…くり返される日常の中、作家として世に押し出され、大きなうねりに少しずつ巻き込まれていきます。
多忙な毎日の中、喜びやら怒り、狼狽などが彼女の言葉でつづられた一年間の日記。書くことの意味を思い、いつも自分に問いかけながら書いている誠実な物書きとしての著者が感じられる本。

「田口さんってほんとに人が好きなんだなあ」
この本を読んで私がいちばん感じたこと。人が大好きだからいろんな人と関わり、時には腹を立てながらも他人からたくさんのいい影響をもらい、それが彼女の仕事や私生活に活気や潤いをあたえているみたい。
彼女の小説を読んでも感じたのですが、人、とくに弱者といわれている立場の人に対する優しい眼差しがこの日記にもきちんと息づいていて、「いいな」そう思いました。私はやさしい人が好きだから。

小説が物語の中に大きなテーマ、自分が伝えたかったことを数少なくしのばせているのに対し、日記は著者がこれだけは外せない、そう思ったことがたくさん出てきます。そのせいかいつも読むのにとても時間がかかってしまいます。この本でもそう、娘のモモちゃんのウンチの話のとなりに人生の意味すら問うような文章が出てきて、そこにくると立ち止まり、言葉をかみしめるように反芻・・。気がつくと1冊の本を読むのに何時間もかかっていました。

本を読み終わったあとで「空っぽ」について考えてみました。そうなるためには今、なにができるのかしら…そんなことを思いながら。


縁切り神社』・田口ランディ(幻冬舎文庫)

著者らしい切り口で男女のつながりが描かれている、恋愛小説集。
出会いから相思相愛、何の問題もなく恋愛が進んでいけたらそれは理想なのでしょうが、実際には二人の心がすれ違ったり、傷つけあったり、気持ちに誤解がうまれたり…そこに容赦ないほどの現実、日常がはいってきて、思いとは裏腹にギクシャクと進んでいく恋愛。
別れたいと望んでもスパッと関係を切ることができないのは、「誰かと繋がっていたい」という強い思いに縛られているからなのでしょうか。
田口ランディが描くどちらかといえばダーティな世界がこの本でも健在。でもどのお話にもそっと息づいている、小さいけれどあたたかなもの… そのせいかしら、切なさと温もり、その両方を感じてしまいます。

過去の恋愛で置きみやげのように残してきた、忘れたはずの心の痛み。相手を傷つけてしまったという自責の念。本を読むことでその痛みとふたたび対面してしまうのですが、それにもう一度光を当ててあげることで感じる、心のどこかが癒やされていくような晴れやかさ。
田口ランディの本を読むと、あらためて自分のどうしようもない弱い心のことなどを思ってしまいます。だけどそのぶぶんがあるから他人の弱い部分と共鳴したり、少しは人に優しくなれるのかな、なんて思ってしまうのです。

妻のための恋愛論』・藤野真紀子(講談社)

知的でエレガンス、おまけにとびきりの美人…メディアに登場する華やかな著者の姿を、いつもため息まじりで見ていた私。
雲の上の人、そんなイメージがあった藤野真紀子さんですが、この本を読 むと外見と中身のいい意味でのギャップだとか、自分との共通点をいくつ か発見した時は嬉しかった。
「こんなこと書いていいのかしら」
読んでいるこちらがドキマギしてしまう、そんな表現もいくつかあったのですが、読み進んでいるうちに、”本当”のことだけを書こうとした彼女の誠実さが伝わってきました。時には誤解をうけてしまうことがあっても、人の胸にまっすぐに届くものは、やはり本当のことだけなんだなあ、ということが。

本の帯の文章に「夫以外の男性とどうつきあうか。」なんて書かれてあるのだもの、私の嫌いな言葉「不倫」のことが書かれた本だと最初は思い、少し構えながら読み始めた本。でもけっしてそうではなく、夫婦の関係、著者の恋愛観、それから発展した人生観などがこの本にはたくさんつまっていて、華やかな舞台で活躍する仕事人としての彼女ではなく、ひとりの女性としての藤野真紀子が感じられてよかったです。

信頼しているからこそ、怒りだとか理不尽な思いを旦那さんにぶつけるのだという彼女の言葉。どんな状態であっても受けとめてくれる、そんな信頼関係があるからこそケンカもできる…これってほんとそうだと思います。
今の風潮でもあるお気軽な恋愛ゲームのむなしさ・・ 真剣な恋愛と恋愛ごっこでは表面は似ていても、中身はまったく違うことが著者みずからの経験から書かれてある本。現在恋愛中のカップルや結婚生活をおくっている方だけでなく、これから結婚する方にもおすすめの本だと思いました。

体は全部知っている』・吉本ばなな(文藝春秋)

13のお話からなる短編集。生きているあいだ、いろんなものを感じ、たくさんの情報を発したり受け取ったり…いつのまにか忘れていたはずのそれらが、ふと目にした風景だとか匂い、感触などによってふたたびよみがえる瞬間があります。その時、幸せな気持ちになったり、あるいは悲しくて泣き出しそうになったりするのだけど、たとえ胸が痛んだとしてもかつて自分がいた時間は尊いはず。
本を読みながらそんなことを思います。

人一倍感受性が強かった私は、ときにはそれを持て余すことも。身体がキャッチしたちょっとしたことからかつてのことを思い出し、バラバラになった記憶の断片がひとつの場面として結ばれた時、すとんとなにかがよみがえってきます。この感覚が文中にも息づいているみたい。

ばななさんの本を読んでいる時によく感じる「ズレ」。自分ではまっとうに生きているつもりなのに、なにかの拍子にズレが生じ、気がつくととんでもないことをやっていることがあります。それが道徳的によくなかったりすると、あとから大きく戸惑ってしまうのだけど・・。そんな戸惑いを覚えてしまった人たちがこの本にも登場します。
「こんなはずではなかった」
「自分はいったいなにをやっているのだろう」
後悔の念。それは小さな堕落がもたらす幸福感。やっかいな私・・

気持ちがよかったり、時には痛かったり、きゅんとしたり…私の身体に刻まれた心の記憶よりもたしかなものたち。本を読むことでふたたびその存在のことを考えたとき、ばななさんの文章のせいかしら、胸のあたりが不思議とあたたかくなりました。13のお話の中で、私は「みどりのゆび」がいちばん好き。