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ウエハースの椅子』・江國香織(角川春樹事務所)

美しい装丁と頁をめくった時に飛びこんできた美しい言葉…惹かれて購入した本。
大きなストーリーがない物語は、人によっては退屈に思えるかもしれません。本を読み終えるまでの2時間ちょっと。そのあいだにココアをいれ、カゴの中に入ったパイを選び・・肩の力をぬいて、気ままに読めるこんな本が好き。

「とじこめられている」
やさしい恋人。満ち足りたセックス…愛がいっぱいのはずの暮らしの中にいつもひそむ思い。冷静に淡々と日常をおくる主人公の心がじわじわと病んでいく、静かな恐怖を感じます。
この小説には「死」という言葉が頻繁にでてきます。あと「絶望」という言葉も。なのに陰鬱な話に終わらなかったのは、江國さんのつむぎ出す言葉の魔力のせい?

現在の物語に交錯させるように語られる、記憶の中の子供時代。窮屈でちっとも自由ではなかった小学校時代の主人公の様子。団体行動が苦手だったり感受性が強すぎると、ある苦痛をともなう学校生活のことを思い返します。 親から強制されて身につけていた下着が現在では豪奢で美しいものに代わり、淋しく孤独だった幼少時代は過去のものに。そして丸ごと自分を愛してくれる、やさしい男たちの存在・・

シアワセと不幸のはざまを揺れ動く主人公ですが、それでも読んでいて安心できるのは、彼女には彼女しかできない仕事を持ち、社会に参加していること。
主人公が愛した彼には奥さんと二人の子供がいます。帰っていく家庭も。けれど”不倫もの”とよぶにはあまりにも美しいお話。
恋…グロテスクなぶぶんがはぎ取られたとき、よけいにかなしみが浮かび上がるのかもしれません。


プラナリア』・山本文緒(文藝春秋)

著者の本を読むといつも感じる、ちくんと残る心の痛み。思いがけない人のやさしさに触れたような温もり・・その両方が感じられる本。
江國香織の本からピュアな透明感を感じるのなら、山本文緒さんの描くお話から伝わってくるのは間接的に照らす、白熱灯のような温かさ。文中から人のもつイヤなぶぶんとよいぶぶん、その両方が伝わってくるのは著者がバランスのいい書き手だからなのでしょうか?かたよらないで公平に物語の中から浮かび上がってくる登場人物たち・・
人物ひとりひとりに自分を投影させた時のやるせなさ。けれど、読み終わったあとに感じる不思議な安堵感はなぜなのでしょう。
表題にもなっている「プラナリア」ですが、乳癌を患ってしまった主人公の女性や、やっかいな行動をして彼女を困らせる老人…どちらかといえばいたわるべき存在として描かれることが多い彼等の存在が、この本ではちがっています。
「現実はきっとこんな感じなのかも」
そんなふうに思わせるほどの説得力に、ぐいぐいと引き込まれていきます。

五つのお話で構成されている本ですが、「どこかではないここ」がいちばん心に残っているのは、主人公と同じ、私が主婦だから?
「こんな生き方だけは絶対にしたくない」
結婚する前に私が強く思っていた悪い例にぴったりだった、主人公のおくる毎日ですが、実際に自分が主婦になってみれば、現実にきちんと向き合ってしっかり地に足をつけて日々をおくっている彼女たちのたくましさを、どこか羨ましく思っている自分がいます。

ちっともかっこよくなんか生きてはいけないし、頑張ってもうかばれなかったり、自分の思いとは裏腹な出来事たち…やさしい人と意地悪な人が交互に現れるようなでこぼこした日常。それは平穏でありたいと強く願いながらもそうはさせてくれない日々の出来事・・ きっとみんなもいっしょなんだね、そう思わせる本です。


みんなの秘密』・林 真理子(講談社文庫)

「なにもここまで・・
登場する主人公、とくに女性たちの様子があまりにも愚かに描かれているせいで、読みながら息苦しささえ感じていた最近読んだ林さんの書くお話。もしかしたらそういう本ばかりを手にとってしまった私のほうにも原因があるのかもしれませんが。ちょっと引き気味になっていた林ワールドだったのですが、この本があんまり面白かったせいで、私の中で林真理子が再浮上…とても単純な私。

わき役だった登場人物が次のお話では主人公に… そんなリレー形式で展開される短編集。男と女、見えないところでおこなわれる心理のかけひきが面白くて、一気に読んでしまいました。
どのお話も他人事には思えないところが怖いのですが、道徳的にはけっしていいとは言えない彼等の様子に、何らかの親近感をもってしまった時のばつの悪さ・・
小説だから大げさな表現は目立つものの、文中の人物たちにかつて出会ったことがある○○さんだとか△△くんをいつしか照らし合わせて読んでしまうのは、私だけではないはず。

お話の12番目・・ラストの「二人の秘密」では、夫婦愛、とくにご主人の奥さんにたいする深い愛情に胸がうたれました。それはきっと、性愛のもっと上をいく”愛”の存在が、「思いやり」から成り立っているせいなのでしょうね。