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冷静と情熱のあいだ Blu』・辻 仁成(角川文庫)

 


著者の本は何冊も読みましたが、読みながら男性としての辻 仁成をこんなに感じたのは始めて。ドキドキしてしまいました。
いつもの自意識、強いメッセージが息をひそめ、大人の男性としての著者を意識してしまった作品。苦悩する主人公を描きながらも、作風にどこか穏やかなものを感じてしまったのはなぜでしょう。
女性より男性のほうが過去の恋、愛した女性を引きずってしまうもの…まわりの男性を見ていて感じてはいましたが、8年間も同じ女性を思い続けることができるものなのでしょうか。

主人公のジュンセイがずっと思い続けているかつての恋人あおいの存在。忘れようとしても忘れられない恋人との思い出が彼を苦しめます。過去にとらわれ続ける男の仕事がむかしの絵を蘇らせる絵画の修復士、というのが皮肉だけど面白い。
あおいと芽美・・対照的な二人の女性。美しい容姿、天真爛漫な性格の芽美はいつも未来を向いています。過去を断ち切れないでいる順生には彼女の存在はまぶしすぎたのでしょうか。彼女の愛をいっぱいに受け毎日のように愛しあう日々の中、別れたはずの恋人あおいへの思慕が彼を苦しめます。
苦悩する主人公のようすが印象に残るお話なのにそんなに重い小説にならなかったのは、イタリアが舞台になっているせいなのかしら。読んでいると一度も訪れことがないイタリアの街が私の中できちんと映像を結び、描写のひとつひとつが生き生きと伝わってきます。刻まれた歴史が今なお息づいている街…それは過去と未来、両方のあいだを行き来する主人公にぴったりの街なのかも。


冷静と情熱のあいだ Rosso』・江國香織(角川書店)

本の虫、所有が最悪の束縛だと思っているところ、装飾に拒否反応を示す潔癖性、群れることが嫌い、お風呂とコーヒーが大好き… 主人公アオイを表すキーワードたち。このキーワードが私とぴったり合わさった時、嬉しいけど戸惑いも感じてしまいました。江國さんの本に出てくる登場人物たちに自分と重ね合わせて読んでしまうことは今までもありましたが、このアオイほど似ている女性ははじめてだったから。
アオイがいっしょに暮らすマーヴ。おだやかで静かでアオイととてもよく似ている男性。彼にやさしく甘やかされてシアワセなはずなのに、そんな満ち足りた生活に物足りなさを感じる彼女。そしてむかしの男ジュンセイのことが忘れられないアオイ・・
無益を嫌い、たくさんの情熱と行動力…動詞の宝庫のような男ジュンセイ。自分が自分らしくいられるためには、自分にないものをもっているパートナーが必要なこと、アオイはきっと分かっているのでしょうね。それは無意識の領域でおこなわれている選別…自分とよく似ている人よりも自分にないものをもっている人に惹かれる私は、彼女の気持ちがとてもよく分かったのです。

いつもは当たり前のように過ぎ去っていく日常。普段の暮らしの中に隠されている情熱。ある日、抑えている感情がいっきにほとばしる瞬間…あんなに焦がれていた濃密な時間、愛しい人との再開が果たされた時の意外な結末。
「人生というのはその人のいる場所にできるものだ」
著者のあとがきに記された短い言葉がラストの主人公たちの行動を物語っているよう。

同じ題名の本、二人の作家が書いた本を続けて読んだのですが、江國香織さんがつむぎ出す物語が現実感よりもどこか夢見がちにフワフワと流れていったのに対し、辻 仁成さんのほうはもっと現実的でどちらかといえば不器用でごつごつしていて…二人の作家の性格、文体の対比も楽しめます。


もう消費すら快楽じゃない彼女へ』・田口ランディ(晶文社)

 


田口ランディの小説は過激すぎてちょっとね・・
そんなふうに思っている方にもこのコラムはぜひ読んでもらいたいと思いました。
気づかないうちにいつのまにか付いてしまった、心を何重にも取り巻く膜。全部とはいわないけれど、出来てしまった膜の外側の一枚だけでも剥がしてくれそうな、そんなコラム。かつて子供の頃はもっていただろう今より純粋であった心がほんの少しでも取り戻せそうで、目から鱗が落ちる本、なんて言うと誉めすぎかしら。

やさしさには大まかに2種類あると思っています。きれいなものだけに目を向け、きたないもの、おぞましいものにはふたをしてしまうどこか潔癖症的なやさしさと、すべてのものにはいい面と悪い面があることを分かった上で、その両方をひっくるめて人を分かろうとするやさしさ…著者の田口さんからは後者のやさしさを感じました。それは負の意識たちにシンクロしてしまう、やっかいな性質をも兼ね備えているのですが・・

世の中を騒がせたさまざまに事件たち。事件を犯してしまった犯人たちを自分とは対局側に押しやり、上のほうから彼等を論じる、そういうやり方ではなくて、彼等の目線まで降りてきて語る、そんなコラムが新鮮だったのです。

「暮らしに喜びをみいだしてしまう限り人は絶望から立ち上がる」
文中の言葉です。このメッセージはなによりも強い。日々の暮らし、生活を大切におくることがどんなに大切なことか…それはどんなに辛いことがあっても淡々と日々の暮らしを営むことができる、生活人としての強さをものがたっています。
たくさんの女性たちから憧れられている栗原はるみさんと田口ランディさん。一見両極端にも見える二人の女性が、じつは同じ思想をお持ちだったことがとても新鮮でした。


医学生』・南木佳士(文春文庫)

新設されたばかりの秋田大学医学部が舞台になった青春小説。 著者自身が秋田大学出身の医師ということもあり、描かれてある内容がリアルに伝わってきます。
雪深い北国にどちらかといえば挫折感を抱えて集まってきた4人の主人公たち。それぞれ悩みや事情を抱えながらも、医師を目指して進んでいきます。

「いったい自分はなにやっているんだろう」
壊れた夢。遠い地で死体を解剖している自分の姿に問いかけながらも、進んでいる道の果てに見えるのは医療の世界。
「自分は流されている・・
情けない思いにかられながらも、気がつくと人を救う道を歩いている彼等の姿が印象的。外部から見ると素敵に見える職業だとか充実していそうな私生活。当の本人はそうでもないと思っていること、もしかしたら多いのかもしれません。

「主人公たちの年齢のころ、私はなにをしていたのだろう?」
読みながら自分自身の青春を振り返ってみます。恋愛問題で悩み胃を悪くしていた自分。いろんなことに上手に立ち回れなくて、まわりとぎくしゃくしていた自分の姿を思い出します。
青春というのはいつの時代でもすこぶるみっともないもの・・
著者のあとがきの言葉。ちっともかっこよくなんかなくて、毎日流されて生きていくうちに、でもいつのまにか開けている自分の道。頑張ることももちろん大切だけど、流れに身を任せて始めて見えてくるものもあるのかもしれません。
学校の授業、人体解剖の実習で学んだものは人はかならず死ぬ、という事実。それは4人の若者たちの考え、生活に少なからず影響をおよぼしていきます。死生観が変わるほどの学習を経て身についていく医療への道・・そこを歩く彼等がけっして聖人君主ではなく、とても人間くさい人たちであることが面白いと思いました。


サヨナライツカ』・辻 仁成(世界文化社)

たった4ヶ月間だけの逢瀬だったのに、それから25年という歳月を経ながらもお互いを忘れることができなかった豊と沓子。テーマほど重くならずにサラッと読めたのは、文学というより娯楽小説として楽しめる本だからなのでしょうか。
あくまでも家庭的で良妻賢母の妻。一方、奔放で性に大胆な愛人。同じ著者が書いた「ニュートンの林檎」と同様のシチューエーションに思わず苦笑いをしてしまった私。
「これってもしかしたらたくさんの男性たちの理想?」
意地悪い見方をしている自分にドキッとしてしまったのです。 慎ましやかで控えめな光子。無邪気で破天荒、情熱的な沓子…まったくタイプの違う二人の女性が登場するのですが、誤解をおそれないで言ってしまえば、ほとんどの女性の中に沓子と光子、ふたりの女性がいるのではないかしら。控えめであってもある時は情熱的になる、みたいな。女性の方だったらきっと私の言いたいことを分かってくれるはず。
豊と沓子が異国の地タイで愛し合うシーンはとても情熱的。からっとストレートに性愛の素晴らしさが感じられました。でもなにか読んでいて足りなかったのは、この本からは愛し合うことの”切なさ”があまり伝わってこなかったせいなのかも。相手を恋焦がれる気持ちや葛藤はあんなに伝わってきたのに・・
文中にたびたび登場する「愛されたことよりも愛したことを思い出す」という言葉。
愛したことよりも愛されたいと願う私は、まだ大人の恋愛の一定水準まで達していないのかもしれません。


ソウルコレクション』・光野 桃(集英社文庫)

私たちの身の回り、世の中にたくさん溢れている物。その中からソウル(魂)が欲しているものを見つけること。ほんとうに正しいものにはいい「気」が流れていて、その気に敏感になること。心が喜ぶ物に 数少なく囲まれている人の姿は美しい…著者の言葉が強く真っ直ぐに私の心に届きます。
それは正直で力強く、時にはほんの少しエロチックだったりユーモアであったりする言葉。

いつもは意識しないでまわりにある物たち。自分の目で選ばれてそこにある時、その物からオーラが出てくることを思うと、もっと物を選ぶことが真剣になるはず。それは物がただの物ではなくなる瞬間・・
同じ著者が書いた本「私のスタイルを探して」を読んだときに感じた、著者のお洒落に対する強い情熱やら前向きなパワー、自分にはないものに触れたときの新鮮な思いを思い出します。その時はどちらかといえばとんがった強いエネルギーを感じたのですが、この本では恋をしたりアニマルプリントに惹かれる、ちょっと意外な光野さんの一面を見ることができました。真面目な方だけがもつ、気持ちがいいほどの正直さ…文面から伝わったとき、嬉しくなった私です。

自分がほんとうに好きなもの、心惹かれるものに思いを馳せたとき、はじめて自分自身の魂(ソウル)を発見することができるのでしょうか。読み終わったあと、さりげない日常やなんとなく選んでいた物たちが輝きをまして見えてくる、そんな本。
エッセイなのにまるで1冊の文学を読んでいるかのような、著者の美しい言葉、つむぎ出す文章が好き。