吉本ばなな




アムリタ(角川文庫)

突然超能力を持ってしまった弟と、事故で記憶を失った主人公の朔美が経験する、いろんな出来事やら不思議な人たちとの出会いが感覚豊かに描かれています。過去と今と、近い未来、生と死、目に見えるものと見えないもの・・・ それらが巧みに交差する世界を描いていながら登場人物たちがしっかりと日常に根づいているせいか、幻想的でもなく夢の世界でもない、きちんとリアリティのあるお話になっています。
私はこの小説から彼女がどうしても私たちに伝えたかったこと、うまく言えませんが大きな真実の力のようなもの・・・生きていくうえでどうしても外せないと思っただろう、すごく大切なこと。そういうばななさんからのメッセージを強く感じてしまいました。これを書かれた時のばななさんの心に、私のチャンネルを合わせ合わせ読まないとけないところが多くてちょっと大変でしたが、読んでよかったなあ、って、素直に感じることが出来ました。


ハネムーン(中央公論社)

ストーリーは、ちょっとつまんなかったかな。でも私には、「心当たり」のあるお話だったのです。主人公のまなかに流れるゆったりとした時間だとか、大切にしている彼女だけが感じる宝物のような瞬間だとか、そういうものを壊すことなく裕志との新婚生活がはじまります。それって簡単そうにみえて、すごく難しいことのような気がしています。他人と同じ時間を気持ちよく共有すること、そして、それをずっと続けることの難しさ。でも結婚生活って、その難しさとどこかで折り合いをつけないといけないのかも・・・。なんだかそういう、よく分かんないいけれど大切なことを、あらためて私の胸の奥底から引っぱり出してくれたお話のようでした。あと、まなかが愛犬を散歩させる時、これが最後になるかもしれない、と、綺麗な景色の中でふと思って哀しくなるシーン・・・ あれって私も同じような経験があるので、とても気持ちが分かったのです。


マリカのソファー(幻冬舎文庫)

この本は『マリカの永い夜』の文庫改作版です。とても胸に響いたお話でした。ばななさんの作品に出てくる主人公たちは、どちらかといえば重たい不幸やら辛い生い立ちを生きてきた人が多いのですが、このお話のマリカはその中でも、彼女の生い立ちや背負っているものの重さに、一番胸がつまりました。か、哀しすぎる・・・ でも、バリ島の豊かな自然やら空気のように漂う神の気配によって、彼女の病んだ心が少しずつ癒やされていきます。悲しいけれどとても美しいお話です。まるで繊細な童話のように・・。一緒に収録されている『バリ島夢日記』を読むと、ばななさんがどうして霊的な要素が濃く漂う、そういう小説をよく書かれるのか、その疑問が解けていくような内容です。


ハチ公の最後の恋人(中公文庫)

あまりにも私のまわりでは評判がよくなかったので(^^;なかなか読んでみる気にはならなかった本なのですが、文庫になったのをきっかけに読んでみると、予想に反して面白かったのです。ハチと主人公の私が惹かれあい、別れの時が来るその時までのことが描かれている愛の物語なのですが、二人で一緒に美味しいものを食べる、きれいな景色を眺める、素敵な友人たちとの時間を共有する、そして愛し合う・・・ 二人の身体が気持ちがいいことに向かって進んでいる時、心(魂)までもがフカフカと気持ちがよくなってきて、理屈ではない、ある真実のようなものに向かって目覚めていく様子がとてもよかったのです。

恋人の時って心が喜ぶこと、気持ちがいいことにあんなに貪欲だったはずなのに、時の流れとともにだんだんと無言のルールなんかが出来ちゃって、いつのまにか目には見えない何かにがんじがらめになっているのを感じます。もっと心を解放させたいな。
欲張りな私はそんなことをこの本を読みながら思ってしまいました。


ハードボイルド/ハードラック(ロッキング・オン)

ある時から彼女の書かれるものに、死だとか霊などのどちらかといえば暗いテーマがよく登場するようになり、そのことで不快感をしめし、ばななさん離れをしてしまった方たちがいることも確か、なのですね。
このふたつのお話も「死」という暗いテーマが色濃く漂い、「ハードボイルド」のお話には霊の存在が描かれています。
レズビアン関係の女性、植物人間の姉、不気味な祠、そして死・・・ どちらかといえばあまり考えたくない、あまりにものマイナーな世界たちを、この本でもばななさんはいさぎよく書ききっています。それは読者に媚びをうらない、自分の世界を確立し、そして全うしようとしているように私は見えてしまったのだけど、どうなのかしら。
「ハードボイルド」の文中に、私は幽霊なんかよりも生きた人間がいちばんこわい、というような記述があって、この文の持つ深い意味と哀しさに重く胸が沈むようでした。
不幸な時に見る風景たち・・・ いつしか立ち直った時にはもっと違って見えるということ。時とともに悲しみは薄れ、いつかきっと明るい日々が、きれいな景色とともによみがえってくるという真実。それらが文中から感じられて、世の中そんなに捨てたもんじゃない、なんてしみじみ思わせてしまうのは、やはりこれも吉本ワールドなのかしら。


SLY スライ(幻冬舎文庫)

「あれ、どうしちゃったの・・・?」
読みながら自分に、著者の吉本ばななさんに、心の中で思わず問いかけてしまっていた私です。今まで何冊か彼女の本は読みましたが、ばななさんの言葉が、文章が、私の心に入ってこないのです。こんなことははじめて。いつもはスコーンと心に響いてくる言葉のひとつひとつなのに、それが心を素通りしていって、私はなんだか置いてきぼり。

だけどエジプトに興味をもっている方や、これから行こうとしている方、そしてすでにこの地を訪れたことがある方が読むと、ひとつの旅行記として楽しめるような気がしました。吉本ばななさんが実際に訪れて感じたエジプトはオレンジのイメージ。そして少しだけそこにブルーが加わります。色彩豊かに描かれたエジプトは死と再生、宗教色が濃くて、それはある時期からばななさんの書かれたものによく登場するテーマに通じるものがあるようです。


TUGUMI(中央公論社)

夏が訪れると、本棚から引っぱり出して読む本、それがこの「TUGUMI」です。夏が舞台になったこのお話は、登場人物すべてがみんな優しい人ばかり。いつだってどんな時にも海がある、そんな夏の景色はとても懐かしいものを運んでくれるみたいで、読んでいるうちに私の胸は切ないものでいっぱいになってしまいました。
私の幼いころの夏の思い出・・・ 毎日が濃くて楽しくて、いろんな思い出がよみがえってきます。それは二度ともどってこないから、その過ぎた日々たちが今、とても愛おしいのでしょうね。そして過ぎ去った日を懐かしむと同時に、今この時が、とてもかけがえのない幸せな時であることもあらためて気づかせてくれます。
身体が弱く、表面では悪ぶってばかりいる主人公のつぐみだけど、彼女のまわりの人たちは彼女が持つ、心の輝きだとか真っ直ぐなやさしさを見抜いていることがこちら側にも伝わってきます。だから読んでいるうちにあたたかい気持ちになってくるのでしょうね。だけどつぐみの不器用なほどの真っ直ぐな性格はとても生きづらそうで、少しだけ哀しくなってきたのです。

きれいな景色ときれいな心の人たちでいっぱいのこの本の装丁は、山本容子さんが描かれています。そして、この装丁がほんと素敵!この本にかぎっては、文庫よりもハード本をおすすめします。


うたかた/サンクチュアリ(福武文庫)

「キッチン」に続くばななさんの二作目の作品。よけいなものがそぎ取られた、ばななさんの感受性と彼女が大切にしているもの・・それだけがむき出しになったようなお話は、真っ直ぐにこちらの心に届きます。お話がシンプルなぶん、その時々の心の様子や、恋をした時に目にする風景などが、鮮やかに作品の中に映し出されているようです。
ばななさんの作品は一生懸命に読む、という感じではなくて、心を全開にして心で感じたものを大切にして読んできたのですが、このふたつのお話があまりにもストレートで強いので、感じたものをやわらかく受けとめてその余韻を楽しむ・・という、いつもの吉本作品の読み方ができなかったことは、少し残念な気がしました。

「サンクチュアリ」のお話は、愛する人との死別と、そこから癒やされていく様子が二人の男女を通して描かれています。どんなに悲しいことがあっても、今は絶望から未来を見いだせなくても、生きていればきっといいことがある・・ そんな力強いメッセージを感じました。
暗めのお話なのに、力強さをともなったさわやかな読後感が待っています。それはきっと、悲しみがずっとそこにとどまらないで、かなたにある希望が感じられるからなのでしょうね。明るい未来が感じられるお話ってやはりいいなあ、そう思います。


不倫と南米(幻冬舎)

七つのお話が収められた短編集です。原マスミさんの絵は好きですが、この本の表紙に描かれている絵だけはどうしても好きになれなかった私。
「不倫」という言葉が印象に残る題名ですが、私には夫婦(家族)の物語に感じられました。もとは他人同士だったはずの男と女があるきっかけで夫婦になり、お互いの弱い部分やどうしようもないぶぶんを見せつけられながらも、長い時間をかけて家族になっていく、その様子が伝わってきます。不倫…というのはいわばアクシデント。不倫を語る時、夫婦の関係が色濃く浮かび上がるのは当然のことなのでしょうね。
「この小説、なんだかばななさんらしくないなあ」
そんなことを思いながら読んでいた私ですが、読み進んでいくうちに喪失…彼女の小説のテーマにもなっているそれらを感じていきます。
「ばななさんって、南米の地がはたして好きなのだろうか?」
読み終わった後で私が思ったこと。まるで旅行記のようだった『マリカの永い夜』を読みながら感じた、地(バリ島)への熱い想いそれがこの本の舞台になっているブエノスアイレスに代表される南米に対しては感じられなかったのです。
日本のやわらかく繊細な四季、どこかあいまいな美しさに慣れている私たちには、生命力に満ちあふれた南米の力強い自然を前にした時、どこか戸惑いを覚えてしまうのかも…。

ばななさんの小説を読んでいる時に感じる、書き手と読み手の魂が握手するような感覚…それらが味わえるような小説を次に期待したいと思います。


ばななブレイク(幻冬舎)

雑誌に5年間連載されていたコラムが中心となった吉本ばなな初のコラム集。
吉本ばなななの本を読むとき言葉を頭でひろっていく、という読み方ではなく、文章にこめられた著者の思いを感じとっていく、そんな読み方をしています。そのせいか数年前に書かれたものは、そこに込められた思いがあまりにも多すぎて疲れてしまいました。親切な心と一生懸命さは伝わってきて、ますますばななさんのことは好きなりましたが・・
ひとりの人物を評するとき、あの人はいい人、悪い人、自分の好き嫌いで述べてしまいがちですが、この本では善悪すべてをひっくるめた大きなばななさんの視線が感じられます。その人がたとえ道徳的にはよくない人であっても魂の色がきれいであればいい、というふうな。 人を表面だけで見るのではなく、その人の心の深いぶぶんまで見える・・・そんな公平でくもりのない”心の眼”を持ち続けたいものです。

人一倍ピュアな心がただそのまま透明になっていくのではなく、きたないもの、ちょっぴりおぞましいものも取りこみながら深い意識の中で相手を真摯に見つめていく…ばななさんの小説から伝わってくる同質のものをこの本からも感じました。

「全てが速く動いているのに、空気はよどんでいる」
文中の短い言葉に、現代そのものが表現されているようでした。


(角川書店)

重い小説。吉本ばななの小説にいつもつきまとっている「死」がこの本ではとくに色濃くただよっているせいか、読み始めて10日後にやっと読み終えました。
生きにくいなにかをいつもかかえて強烈な個性を放ち、世間の常識からはかけ離れてしまっている人たち。だけどどこか憎めなくて、それどころか惹きつけられる…ばななさんの本によく登場する人物たちの魅力がこの本では感じられなかった。
同著 『哀しい予感』のやよいのような存在になるはずであっただろう、登場人物の翠が、ただのあぶない女性として描かれていたことが、この小説にとけ込むことができなかったいちばんの原因なのかも。

高瀬皿男というひとりの作家の死。彼の書いた98話目の小説を読んだ人たちを襲う不幸な出来事…呪われた小説。その沈鬱でやりきれない世界がこの『N・P』にそのまま乗り移ったかのような居心地の悪さ。夏が舞台になっているお話なのに、夏の明るさよりもぎらぎらした狂気を感じます。(ちょっと辛辣すぎたかな)

「何もかも吸い取っちゃうからね・・・・・あんた。まわりの空気を」
簡単だけど核心をついた言葉。主人公の母親が人一倍感受性が強い彼女にむけた台詞が印象に残っています。



●体は全部知っている(文藝春秋)

13のお話からなる短編集。生きているあいだ、いろんなものを感じ、たくさんの情報を発したり受け取ったり…いつのまにか忘れていたはずのそれらが、ふと目にした風景だとか匂い、感触などによってふたたびよみがえる瞬間があります。その時、幸せな気持ちになったり、あるいは悲しくて泣き出しそうになったりするのだけど、たとえ胸が痛んだとしてもかつて自分がいた時間は尊いはず。
本を読みながらそんなことを思います。

人一倍感受性が強かった私は、ときにはそれを持て余すことも。身体がキャッチしたちょっとしたことからかつてのことを思い出し、バラバラになった記憶の断片がひとつの場面として結ばれた時、すとんとなにかがよみがえってきます。この感覚が文中にも息づいているみたい。

ばななさんの本を読んでいる時によく感じる「ズレ」。自分ではまっとうに生きているつもりなのに、なにかの拍子にズレが生じ、気がつくととんでもないことをやっていることがあります。それが道徳的によくなかったりすると、あとから大きく戸惑ってしまうのだけど・・。そんな戸惑いを覚えてしまった人たちがこの本にも登場します。
「こんなはずではなかった」
「自分はいったいなにをやっているのだろう」
後悔の念。それは小さな堕落がもたらす幸福感。やっかいな私・・

気持ちがよかったり、時には痛かったり、きゅんとしたり…私の身体に刻まれた心の記憶よりもたしかなものたち。本を読むことでふたたびその存在のことを考えたとき、ばななさんの文章のせいかしら、胸のあたりが不思議とあたたかくなりました。13のお話の中で、私は「みどりのゆび」がいちばん好き。